編集長あいさつ

 

はじめまして!
『オトナを、もっと。』の編集長を務めています”がんそん”こと岩村正也(いわむらせいや)と申します!

 

ボクは今、フリーランスとしてメディアの運営をしながら、パーソナルトレーナーとして働きつつ、さらにアルバイトもしています。

ツイッターでは、フリーター編集長として発信しています。

なので、もしかしたら、あなたの方が社会的地位は上かもしれませんね!
(本当のことを言うと、メディアの運営者と言う立場上、いつでも動きやすいようにフリーターを選びました。)

 

ボク自身、筋トレをすることが大好きで、現在は週に4〜5回ほどトレーニングに励んでいます。

おかげで今では、自分のカラダに自身が持てるようになりました。
と、同時に、以前よりもずっと女性にも持てるように…なった……気が……し………ます!! はい。

 

そして、ボディメイクをしていく上でダイエットやストレッチ、その他カラダのことについてたくさん学んだので、ぜひ役に立てればと思い、このサイトを立ち上げました。

あなたに少しでも安心してこのサイトを見ていただけるように、ボクが保有している資格と今までの実績をいくつか紹介します。

 

…その前に目次をどーぞ!!

資格

  • NESTA 全米パーソナルトレーナー
  • adidas FUNCTIONAL TRAINING Trainer
  • MOSSA Group Fight 認定インストラクター
  • 救命救護(CPR)資格保有者

 

実績

  • 50名以上のダイエット成功者輩出
  • オンラインサロン「がんそん企画研究室」オーナー(生徒は30名以上)
  • 恋愛心理ジャーナリスト

 

保有資格と実績はこんな感じです。
しっかりとした知識と経験があり、その上でサイトの運営をしておりますので、ご安心いただければと思います!

 

あ、ちなみにボクには20歳離れた妹がいて、いつもメロメロです。(急にすみません)

 

さて、このページではがんそんについてのプロフィールや経歴について細かく載せています。

これを読んで、「がんそんが一体どんな人間なのか」を知っていただければ幸いです。

 

ではまず、幼少期から時系列で見ていきましょう!

 

幼少期

何かやらかしそうな顔をしている幼きがんそん

幼少期のボクは、「本当に可愛かった!」らしいです。
母から聞いた話によれば、可愛すぎて女の子に間違えられることも多かったとのこと。

そして、幼少期はなんでも食べてしまう子だったようで、主にセミの抜け殻を好んで食べていたそうです。
なんだか、タンパク質が多そうですね!

 

砂場などの砂もよく食べていたようで、母いわく、「砂をこんなに美味しそうに食べる人は初めて見た」とのこと。
今、ボクのカラダの一部が砂でできているのかもしれないと思うと、水ルフィあたりになら勝てるような気がしてきます。

 

小・中学生期 〜壮絶ないじめ〜

いじめられそうな顔ではあります。

小・中学生になると、それまでの楽しかった日々とは一変し、壮絶ないじめ生活が始まります。

ボクは、体が大きかったのですが、力があまりなく、かなりの小心者だったので、いじめの標的にされてしまったのです。

休み時間に廊下で会えば、いきなり殴り飛ばされ、首を絞められたり。
放課後の部活動では、部員全員が一言も口を聞いてくれなかったり。

唯一信じ続けていた人にも裏切られ、誰も信用できなくなりました。

そしてついたあだ名は、「キモパグデメキン」。
キモくて、パグみたいな顔をしていて、デメキンのように目が大きかったことからこのあだ名がつきました。

正直、めちゃくちゃ辛かったです。
毎日、学校に行きたくなくて泣いていました。

とくに、日曜日の夜や夏休み最終日の夜は、明日から始まる学校が嫌で、何度か親に「学校に行きたくない」と言った記憶があります。

それでもなんとか学校に行き続けました。

 

母と先生のおかげでいじめがなくなった

中学生の頃のいじめはかなりエスカレートしていて、まるで存在を否定されているような気分でした。
自尊心は傷つけられ、生きてる意味がわからなくなり、自殺を考えたことも何度かあったと思います。

そんなある日、学校の放送で職員室に呼び出されました。
何かと思って行ってみると、そこには部活動の顧問の先生と担任の先生が。

そして、先生にこう言われました。
「岩村、ちょっと小耳に挟んだんだけど、今、いじめられてるのか?
どうなのか、正直に答えてほしい。」

ボクは言いました。
「はい。一年ほど前から」

その後、先生方の努力によって、ボクへのいじめは無くなりました。
それどころか、ボクのことをいじめていた主犯格の人は、その後いじめられるようになったのです。

そして、仲間からもいじめられるようになった彼は、ボクに助けを求めるようになりました。
かつて、自分が中心となっていじめていたこのボクに。

別にボクは、いじめられていたことを根に持っているわけではなかったので、その彼とも仲直りをして仲良く過ごしました。

 

しかし、なぜボクがいじめられていると発覚したのか。
後々聞いてみると、どうやらボクの母が学校に連絡を入れていたそうで、それでいじめが発覚したとのことでした。

本当に、母と学校の先生には感謝しています。
きっとこれはこの先もずっと忘れないでしょう。

この場を借りて、
『森先生、お母さん、ありがとうございました!』

 

高校生期 〜筋トレとの出会い〜

ボクは高校では中学と同じ野球部に入りました。
高校ではまさに野球漬けの毎日。

通っていた高校は決して強いわけではありませんでしたが、練習はとても辛く過酷なものでした。
軍隊レベルといったらわかるでしょうか。

そのくらい辛い日々でした。

今考えると、野球じゃなければ耐えられなかったと思います。
大好きな野球だからこそ辛い練習にも耐えれたのでしょう。

そして、ボクは高校野球で挫折を味わいます。

高校野球は実力社会です。
実力がなければ、試合には出れませんし、練習にもあまり参加できません。

ボクは、はっきり言って、部員の中の誰よりも多く練習していた自信がありました。
それでも実力がついて来なかったので、試合には全然出れませんでした。

そこでボクは気付いたのです。
「今のままではいけない。他の人にはない自分だけの武器を作らなくては」と。

そしてちょうどその時、「筋トレ」に出会ったのです。
まさに運命的な出会いでした。

そこからボクは、少しづつ筋トレに目覚めていくことになるのです。

 

そして、トレーニングにハマったボクは、いつの間にかこんな感じに↓

謎の笑顔とドヤ顔が入り混じったこの表情。

 

 

社会人期

高校を出てそのまま就職をしたボクは社会人となり、工場に勤めることになりました。

ボクが務めていた会社は、誰もが名前を聞いたことがあるようなとても大きな会社で、とてもホワイトな優良企業。

周りの人からも、「すごいね!」などと言われていました。
両親も、息子のボクが大企業に就職したとあって、いろんな人に自慢していたそうです。

しかし、工場勤務ということもあり、ボクはずっと「やりたかった仕事とは違う」と頭を抱えていました。
周りからの期待と「本当にこのままで良いのか?」という自分の気持ちとの間のギャップに苦しんでいたのです。

一番苦しんでいた頃は、これができる最大の笑顔でした。

そんなどうしようもなく苦しんでいる時に、ボクはふと、姉のことを思い出しました。
今は天国にいる、ボクの命を救ってくれた大恩人の姉のことを。

ボクは、自問自答しました。
「命がけで姉が繋いでくれたこの命は、頭を抱えながら働くためのものなのか?」
「本当にこれで良いのか?」と。

答えはノー。
わかりきっていたことでした。
ただ、一歩踏み出すことができなかっただけなのです。

この時、ボクは本当の自分に向き合うことができましたような気がします。
おかげで、父と母を説得し、会社を辞めるという決断ができました。

結果として、大企業を辞めてしまったのですが、今でもこの選択は間違っていなかったと思いますし、この決断があったからこそ、今はすごく時間を大切に、そして幸せに過ごせています。

 

これが、今までのボクの生い立ちです。

さいごに、ボクの大恩人の姉についての話と、ボクがこのサイトを立ち上げるに至った経緯をお話しさせていただきたいと思います。

 

ボクに命をくれた姉

姉と家族

ボクには、5歳上の兄と3歳上の姉がいました。
3人とも仲が良く、とても賑やかだったと聞いています。

そして、ボクが1歳半の時、姉が亡くなりました。
正直、会話をした記憶もないし、遊んだ記憶もないし、顔を見た記憶もないので、写真の中の人という感じ。
でも、この姉がボクの人生に大きな変化をもたらしてくれます。

 

姉は生まれた時から病気でした。
生まれてすぐにお医者様から「数年しか持たない」と言われたそうです。

母も初めはショックだったそうです。
「せっかく生まれてきた我が子が余命数年だなんて」と。

しかし、まもなくボクの母は、「余命数年と言われたけど、頑張って大人になるまで育ててみせる」と奮起しました。
本当に強い母です。

 

姉が3歳を超えた頃、ボクは生まれます。
ボクの誕生に関しては、「何度か流産をして、もう子供はできないのかもと諦めかけた時に生まれてきた子だからすごいうれしかった」と以前聞きました。

その時期は家族みんなが笑顔で幸せだったそうです。

 

姉の死とその後

しかし、そんな幸せな時間は長くは続かず、ボクの誕生から1年半後、姉が天国に。

その時、母は神を恨んだと言っていました。
「なぜ私ばかりこんな目に会うんだ」「なんで普通の暮らしができないんだ」と。
そこから、少しうつ気味になってしまったそうです。

 

そんな時、心の支えになったのが兄とボクだったと母は嬉しそうに言っていました。
2人のおかげで人生が明るくなったと。

 

そして、母はボクにこう言いました。

『あなたのお姉ちゃんは、あなたとお兄ちゃんの分の病気とか悪いものを全部1人で背負って天国に行ったの。
今、あなたたちは健康で、元気に生活できているのは、お姉ちゃんのおかげなんだよ。
私は、あなたの人生にはこれからも口出しするつもりはないけど、今の幸せな生活はお姉ちゃんが命がけでくれたものだから大切にしなさい。
命をかけて守ってくれたお姉ちゃんの分も精一杯生きて、誰よりも幸せにならなきゃね。』

もしかしたら、これは母がこう信じたかっただけなのかもしれません。

ですが、この時からボクの人生における目標は、誰よりもいろんな体験をして、幸せになって、いつか天国に行った時に、姉にこっちで起きた出来事や思い出をたくさん話すことに変わりました。

きっと、ボクらがこの世に生まれて今も元気に生きられていることには、何か意味があるんです。
そして、その意味はおそらく自分で探さなくてはいけないんだと思います。

このサイトがあなたにとっての意味を探すための手がかりとば幸いです。

 

最後になりましたが、ボクの好きな言葉を贈ります。

more hot, more cool.
もっと熱くもっとクールに